大判例

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大阪高等裁判所 昭和37年(ネ)1534号 判決 1963年2月22日

控訴人(原告) 岡田逸司

被控訴人(被告) 滋賀県知事選挙選挙長

主文

原判決を取消す。

控訴人の訴を却下する。

訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

事実

控訴人は「原判決を取消す。控訴人が昭和三七年一一月八日になした滋賀県知事選挙(同年一二月二日執行)の立候補届出を被控訴人が不受理とした処分はこれを取消す。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を却下する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張の要旨並びに証拠の提出、援用、認否は、

控訴人において「候補者の乱立による選挙の混乱の防止は、候補者に憲法の試験を課することにより達せられる。しかるに公職選挙法第九二条は、低収入の職業に従事する者の立候補を不能ならしめるものであり、この点において職業の自由を保障した憲法第二二条にも違反する。」と述べ、

被控訴代理人において「選挙に関する訴訟は、公職選挙法に定める場合に限り、また同法に定める者に限りこれを提起しうるのであり、しこうして、同法は法定の選挙の効力に関する争訟手続によるほか選挙の管理、執行に関する個々の行為に選挙の規定違反があつたとしても、個別的にその違反を理由としてその行為の効力を争うことは許さない趣旨と解すべきであり、なお、本件訴えは同法所定の訴訟要件をも満たしていない。したがつて、本件控訴は不適法である。」と述べたほかは、

いずれも原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

理由

公職選挙法による国会議員並びに地方公共団体の議会の議員及び長の選挙に関しては、同選挙が公共の利害に特に重大な関係を有し、その結果を速かに確定させる必要があるところから、同法第二三条、第二四条の場合を除いては、同法第二〇二条以下において定められた争訟手続にしたがい選挙又は当選の効力を争うほか、選挙の管理、執行に関する個々の行為の違法性を主張して右行為の取消しを求めることは許されないと解すべきである。

しこうして、本件訴えは選挙の効力を争うものではなくて立候補届出の不受理の違法を理由としてその取消しを求めるものであるから、右にのべたところにより、本件訴えは出訴の対象となしえないものをその対象とするものであつて不適法というべきであり却下を免れない。

よつて控訴人の請求を棄却した原判決を取消すべきものとし、民事訴訟法第三八六条、第九六条、第八九条にしたがい主文のとおり判決する。

(裁判官 加納実 沢井種雄 加藤孝之)

原判決の主文、事実および理由

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は「原告が昭和三七年一一月八日になした滋賀県知事選挙(同年一二月二日執行)の立候補届出を被告が不受理とした処分はこれを取消す。」との判決を求め、その請求原因として、

一、原告は昭和三七年一一月八日被告に対し同年一二月二日執行の滋賀県知事選挙に立候補の届出をなしたところ、被告は原告の立候補届出書に公職選挙法第九二条、同法施行令第八八条所定の供託証明書の添付がないことを理由に原告の右立候補届出を受理しなかつた。

二、公職選挙法第九二条は都道府県知事選挙の候補者の届出をしようとする者は金一五万円又はこれに相当する額面の国債証書を供託しなければならないと定め、また同法による本件選挙運動に関する支出の金額は金二八一万円余とされているが、かかる規定は右金額を供託することができず、かつ右の如き運動費を支出することのできない原告のような日額一、〇八〇円程度の所得者から事実上立候補の権利を奪い、これを政治的関係において差別するものであつて法の下の平等を規定した憲法第一四条に違反し、同法第九八条により無効であるといわねばならない。従つて被告が違憲無効な右公職選挙法第九二条にもとずき原告の右立候補届出を受理しなかつた処分は違法であるからその取消を求めるため本訴に及ぶ。

と述べた。

被告指定代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、

本件は訴の対象となりうる行政処分が存在しない。すなわち原告がその主張の日に原告主張の滋賀県知事選挙の立候補届出書を右選挙管理委員会事務局に持参提出したので被告の指揮監督のもとに右選挙に関する被告の事務を補佐している同事務局選挙係長柳原太郎ら係員が事前審査したところ、右届出書には公職選挙法第九二条、同法施行令第八八条第四項所定の供託証明書が添付されていなかつたので右立候補届出書を返戻したまでであつて被告において右届出を不受理とする行政処分をしたものではないから本訴請求はその前提を欠き不適法として却下を免れない。仮りに以上の事実をもつて被告が右届出を不受理とした処分があつたとしても本件選挙の立候補届出期限は同年一一月一七日であるところ、右期限を経過した現在においてはもはや右立候補届出不受理処分の取消を求める利益はないわけであるから原告の本訴請求は訴の利益がなく却下さるべきである。

と述べた。

(証拠省略)

理由

一、成立に争いない甲第一号証に弁論の全趣旨を総合すれば、原告が昭和三七年一一月八日被告に宛て同年一二月二日執行の滋賀県知事選挙に立候補の届出をしたところ、右届出書には公職選挙法第九二条、同法施行令第八八条所定の供託証明書が添付されていなかつたので被告の指揮監督のもとに右知事選挙に関する事務を補佐する滋賀県選挙管理委員会事務局選挙係長柳原太郎が右届出書を受理しなかつたことが認められる。被告は同係長が右立候補届出書を受理しなかつたのは同係長が右書面を一応事前審査したところ前記法定の形式的要件を欠くため、右届出書を原告に返戻したに止まり、被告において右届出を不受理とする行政処分をしたものではないから本訴は訴の対象を欠き不適法である旨主張するのであるが、被告の指揮監督の下にその選挙に関する事務を補佐している右選挙係長が原告の右立候補届出を受理しなかつたことは、それが内部的には事前審査であつても対外的且つ法的には被告の不受理処分に他ならないと認められるから被告のこの点に関する主張は採用できない。

二、また被告は仮に立候補届出不受理なる処分が存在するとしても、本件の立候補届出期限である同年一一月一七日を経過した現在においてはもはや立候補届出の不受理処分の取消を求める利益はない旨主張するが、少くとも現に右選挙は運動期間中であるから右立候補届出不受理処分が取消されることにより原告は適法に届出た候補者として扱われるべきものと解されるから、本件選挙運動期間中である現在においては、なお右取消により回復すべき法律上の利益を有するものというべく被告の主張は採るに由ない。

三、そこで進んで公職選挙法第九二条が原告主張のように法の下の平等を規定した憲法第一四条に違反するものであるかどうかについて考える。都道府県知事等の公職の候補者となろうとする者(又は推せん届出をしようとする者)が公職選挙法第九二条所定の金額又はこれに相当する額面の国債証書を供託しなければならないとする同法条の趣旨は畢竟候補者の濫立と選挙の混乱を防止して公明且つ適正な選挙が施行されることを期したものであり、都道府県知事の職責、権限の重要性に鑑みれば当該選挙の立候補届出に要求される供託金一五万円は社会通念上も妥当な金額であつて毫も高きに失するということはできない。まして右供託物は候補者の得票数が同法第九三条所定の最低基準に達しなかつた場合を除き原則としてその選挙及び当選の効力が確定した後は候補者に返還されるのである(同法施行令第九三条)。そうとすると同条は公職選挙が公明且つ適正に行われることを確保するために必要な合理的根拠に出ずるものであつて原告が主張する如く条理に反して殊更に国民を経済的地位によりその立候補の権利を差別するものとはいえないので、同条が憲法第一四条に違反するとの原告の主張は採用できない。また原告は本件選挙運動に関する支出金額の定めが高きに失する点においても憲法第一四条に違反すると主張するやの如くであるが公職選挙法第一九四条にいう金額はいわゆる法定選挙費用としてその最高額を制限したにとどまるものであるからこれをしも憲法違反というのは原告独自の見解によるものであり採用の限りではない。しからば被告が同法第九二条、同法施行令第八八条第四項に基き供託証明書が添付されていない原告の立候補届出書を受理しなかつた処分は適法であり、これを違法として取消を求める原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(昭和三七年一一月三〇日大津地方裁判所判決)

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